« 薬事法関連の広告審査について Overture (Yahoo!) と Google を比較した | メイン | サッカーくじ toto BIG のキャリーオーバーの本質 »

2007年2月25日

複利計算の近似値暗算手法「72の法則」にみる検算と数学の大切さ

いま、日本でおそらくもっとも人気の高いソーシャルブックマークのはてなブックマークでは、「ITmedia Biz.ID:複利計算を“暗算”で行う」という記事が300近いブックマークを集めている

その記事の内容は、複利計算における、「72の法則」と呼ばれる暗算可能な近似計算手法の紹介である。たとえば金利4%だとして、元金が2倍となるのは何年後か知りたいとする (税金は考慮しない)。単利なら25年後 (100 ÷ 4) とすぐに暗算できるが、複利では簡単に暗算できないように思える。ところが、72を金利 (%) で割って、72 ÷ 4 = 18年、というように近似計算できるというのが、「72の法則」である。 試しに表計算ソフトの Excel を使って正確な期間を検算すると約17年8か月後 (年単位の複利とし、月単位は12分の1の単利で計算) となった。確かに近似計算できている。

正直言って私は「72の法則」を知らなかったが、投資や金融に明るい人の間では広く知られている暗算手法らしい。はてなや ITmedia にアクセスする人というのは、どちらかというと、ネット関連の先進的な事柄には詳しくても、お金の話には疎いのかもしれない (苦笑)。知っている人は知っているという話であるならば、はてなブックマークにおける注目の集まり度合いは、いささか過熱気味だということになる。

この「72の法則」の数学的根拠は、二項定理のテイラー展開であり、大学教養課程 (もしくは高校数学の応用) のレベルである。元の記事においては、「テイラー展開」という言葉は使用せずに要点を簡単に解説している。たぶん、どこかの投資指南書に載っている話の引用であろうし、言われてみれば確かにそうだね、というレベルの話ではある。しかし、こうした実社会で使える数学の事例というのは、無責任な「数学なんか役に立たない」論への反論材料としても貴重だろう。勉強させてもらったと率直に思う。

しかし、この元の記事には、「それは違うだろ」という誤用も見られる。

3000万円の家を2%ローンで買った──。この場合の合計支払額をざっくり暗算するなら、72÷2=36。つまり36年で額はだいたい2倍となる。ロー ンの場合、徐々に元本も減っていくので細かな数字は変わるが、いわゆる35年ローンならば6000万円程度を合計で支払うことがすぐに分かる。

(ITmedia Biz.ID:複利計算を“暗算”で行う より引用)

「徐々に元本も減っていく」ことに気づいていながら、なぜそんな計算になってしまうのか?これについても検算してみたら、支払総額は4173万9109円となった (元利均等、月単位の複利、毎月定額支払で計算し、計算途中での四捨五入は無し)。6000万円も払う必要はない (笑)。こうしたローンの支払いについては、よく知られた (暗算は無理だが) 便利な計算式がある (Googleで検索してもすぐに見つかる) ので、すぐに検算できる。もっとも、検算するまでもなく間違いであることに気づくべき、明らかな誤用でもある。

しかし今のところ、はてなブックマークのコメントには、間違いを指摘するものは一つもない。スルーしているのか?それとも鵜呑みにしてしまっているのか?

さて、Google で「72の法則」を検索してみると、All About の記事が検索結果のトップとなる。面白いことに、貯金を2倍に増やしたい人向けと、借金が2倍になるのが困る人向けと、両サイドの記事がトップに表示されている。

そのうち、借金サイドの「借金はいつ2倍になる? 変則「72の法則」 - [お金を借りる・返す]All About」において、不適切な「72の法則」の適用例が示されていた。

上限金利29.2%だと… 2年半で到達!

グレーゾーン金利で話題になっていますが、出資法の上限、29.2%だと一体どんなスピードで倍に達するのでしょうか?

(72÷29.2%=2.465) 2年半ほどで、倍になるのです。

(「借金はいつ2倍になる? 変則「72の法則」 - [お金を借りる・返す]All About」2ページ目 より引用)

29.2%ほどの高金利でこのような近似計算は不適切だということの理解が、この記事の執筆者 (ガイドの横山光昭さん) には欠けていると言わざるを得ない。テイラー展開を知っている人なら、この「72の法則」という近似計算は、0の近傍 (つまり低金利) においてのみ適用可能だということに気づくだろう。なお、ITmedia の記事では「0~15%程度の場合」としており、この点について適切に説明している。

これについても検算してみたら、2年8か月を数日過ぎた時に、借金が2倍となる (年単位の複利とし、月単位は12分の1の単利で計算)。たいした誤差ではないと思う人もいるかもしれないが、1割も誤差が生じてしまうようでは、お金に関する大事な話であれば、別途検算が必要である。

それに、これはあくまで近似解を求める暗算手法の紹介である。記事のような文書に記す (検算できる状況にある) 際に、正確な期間を計算して誤差を示すことなく「2年半で到達!」という見出しを打つのは、やはり、不適切な誇張である。

だいたい、単利とみなして暗算 (100 ÷ 29.2) したって3年あまり (約3.4年) となるのだから、複利ならだいたい3年かそれより少々短いという程度までは見当がつく。また、電卓があれば、1×1.292とした後に「=」を3回連打すれば、3年未満で2倍になることはすぐに分かる。それに、72 ÷ 29.2 って、誰にとっても簡単な暗算だろうか?さして正確でもない近似計算の暗算を無理にやるよりは、コンピュータを使って正確に計算したほうがよい。29.2%という金利において、「72の法則」を持ち出す意義はない。

「72の法則」の有用性を理解し、同時にその限界を把握するためには、自分で検算して確認してみること、そして、数学についての理解が必要である。あるいは、数学に強くなくても、せめて検算してみることである。それは「72の法則」に限ったことではなく、数学的に見える事柄すべてに当てはまることだろう。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.blog.ocn.ne.jp/t/trackback/209735/7089062

この記事へのトラックバック一覧です 複利計算の近似値暗算手法「72の法則」にみる検算と数学の大切さ

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

最近の記事

最近のトラックバック

Powered by Blogzine[ブログ人]
ブログ人登録 2008年03月15日