地デジのB-CASカードを譲り受けて使用する行為についての一考察
地上デジタル放送等の受信機や録画機に必ず付属しているB-CASカードは、その契約上、B-CAS社が所有権を保持しているとされ、家族以外の他人に貸与または譲渡してはいけないことになっている。主な理由は、コピーコントロール等の対策が施されていない受信機(無反応機)等への転用を防ぐためである(B-CAS社は明言していないが)。他人への譲渡等は、単に契約違反というだけでなく、著作権法違反や不正競争防止法違反となる可能性もある。著作権法では、公衆に譲渡した場合等については刑事罰も設けられている(第120条の2第1項)。
では、個人的に放送を視聴、録画することを目的として、B-CASカードを譲り受け、不正な受信録画機を使用する行為についてはどうなのかということについて、AV機器評論家でMIAUの中心メンバーでもある小寺信良さんのブログでは以下のように言及されている。
おそらく販売者に対して放送事業者からなんらかの訴訟が行なわれるとは思うが、ちょっと心配なのは、購入者も著作権侵害で訴訟の対象になるのではないかという懸念である。著作権法30条2項に、私的使用のための複製の例外事項がある。
「二 技術的保護手段の回避(技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変(記録又は送信の方式の変換に伴う技術的な制約による除去 又は改変を除く。)を行うことにより、当該技術的保護手段によつて防止される行為を可能とし、又は当該技術的保護手段によつて抑止される行為の結果に障害 を生じないようにすることをいう。第百二十条の二第一号及び第二号において同じ。)により可能となり、又はその結果に障害が生じないようになつた複製を、 その事実を知りながら行う場合」
フリーオの購入者がこれにあたるのではないかという見方は、もしかしたらできるかもしれない。個人的には消費者が違法者として告訴されることは遺憾であるが、現時点では危ない橋を渡る者は、それ相応の覚悟がなければならない。
(小寺信良. "B-CASの問題点が早くも浮上 - コデラノブログ 3". 2007年11月8日.
下線強調は引用者による)
その条項は、30条2項ではなく、30条1項2号である。重箱の隅をつついているように思うかもしれないが、1項と2項とでは全然話が違ってくる。
著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者(第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者、第百十三条第三項の規定により著作権若しくは著作隣接権(同条第四項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第百二十条の二第三号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者、第百十三条第五項の規定により著作権若しくは著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者又は次項第三号若しくは第四号に掲げる者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
つまり、私的使用の複製である限り、30条1項に違反しても、刑事罰は科せられない。よって、小寺さんの言うような事由によって利用者が告訴されることはない。これは、ダウンロード違法化案(先日の記事を参照)が刑事罰の対象外となっているのと同じ話である。
ただし民事上は、フリーオは受信と同時にHDD(ハードディスクドライブ)にコピー無制限状態で録画するようであるから、フリーオの使用中止、廃棄やB-CASカードの返却などの差止請求(著作権法第112条)には応じなければならないと思う。ただし、地上デジタル放送の受信は(NHK 受信料を除いて)無料であるし、HDDは私的録音録画補償金制度の対象外だから、私的使用の範囲である限り、著作物に関する損害賠償は請求できないと思う(この点はダウンロード違法化とは違う)。
では、録画機能のない不正受信機が今後登場したとしよう。それを用いて単に放送を視聴するだけならば、技術的保護手段の回避にも当たらず、法律違反にもならないように見える。
現行制度上、技術的な保護技術については、著作権法と不正競争防止法により立法的措置がなされている。
著作権法では、著作権等を侵害する行為の防止又は抑止をする手段として技術的保護手段が規定されている(第2条第1項第20号)。また、私的使用を目的とする複製であっても、技術的保護手段の回避により可能となった複製を行うことは権利制限の例外とされる(第30条第1項第2号)。さらに、技術的保護手段の回避のための専用機能を有する装置・プログラムを公衆に譲渡等を行い、又は、公衆の求めに応じて業として技術的保護手段の回避を行った場合には、刑事罰が科せられる(第120条の2)。
したがって、現行著作権法では、コンテンツの無断複製を技術的に防ぐ手段(コピーコントロール)は技術的保護手段の対象となるが、放送のスクランブルなどコンテンツを暗号化し視聴を制限する手段(アクセスコントロール)は、視聴行為そのものはコンテンツの権利者に無断で行われたとしても「著作権等を侵害する行為」ではないので、技術的保護手段の対象外であると解されている。
一方、不正競争防止法では、「営業上用いられている技術的制限手段」の効果を妨げる機能を有する専用装置・プログラムの譲渡等を「不正競争」と規定し (第2条第1項第10号、第11号)、同行為に対する差止請求や損害賠償請求など民事的救済を定めている(第3条、第4条)。
不正競争防止法では、アクセスコントロール、コピーコントロールのいずれも「技術的制限手段」の対象となる。なお、この「不正競争」については、民事的救済は可能であるが、刑事罰の適用はない。
つまり、著作権法では、複製とそれを防ぐコピーコントロールについては述べているものの、単に放送等を視聴する行為は著作権侵害には当たらず、視聴を制限するアクセスコントロールは技術的「保護」手段の対象外となる(ただしHDDレコーダなどに録画してしまったらアウトだが)。また、アクセスコントロールについては、不正競争防止法第2条第1項第10号、第11号に技術的「制限」手段についての条項があるのだが、こちらはあくまで手段を譲渡等する側を(刑事罰は設けずに)規制するものであって、私的使用する側には適用されない。
ダウンロード違法化の議論において文化庁が、YouTubeなどを念頭に「視聴のみを目的とするストリーミング配信サービス(例 投稿動画視聴サービス)については、一般にダウンロードを伴わないので検討の対象外である」という見解を示した背景も、このあたりにあるのだろう。複製を伴わず、単に視聴するだけであれば、それを取り締まる法律は存在しないことになる。
ただし、冒頭でも述べたように、契約上、B-CASカードはあくまでB-CAS社が所有権を保持しているとされ、それを他人に貸与、譲渡するのは禁止されている。そのB-CAS社との契約というのは、パッケージ開封時に自動的に成立するというシュリンクラップ契約である。そして、購入者から譲り受けた人とB-CAS社との間には、直接の契約関係は存在しない。
では、誰かから譲り受けたB-CASカードは、複製を伴わない視聴のみの私的使用でも、B-CAS社から求められれば返却しなければならないのだろうか?契約問題を知っていて譲り受ければ、悪意の占有者(民法第190条)となってしまい、返さないといけない?あるいは、購入者にろくに説明していないシュリンクラップ契約はそもそも無効だと主張する?
・・・素人なりにいろいろ調べてみたが、この辺が限界である。なお、B-CASカードを譲渡するのが契約違反だとは知らなかった(善意の占有者)と言い張れば、即時取得(民法第192条)となり、譲り受けた人は返却しなくてもよいかもしれない。ただし、このブログ記事をここまで読み進んでしまった方には使えない言い訳となる(苦笑)。
そのうち、多くのユーザが機器を買い換える(中古品が広く出回る)時期が訪れる。B-CAS社は「B-CASカスタマーセンターにご連絡いただきB-CASカードの返却をお願い致します」などと言っているが、消費者の混乱が容易に予想される。そもそも、コピーコントロールを意図したこのような仕組みを無料のデジタル放送に導入しているのは日本だけである。コピーワンスや「ダビング10」の件もそうだし、後先のことを考えていない地デジの受信機や録画機はしばらく買い控えるのが賢明だと、最後に一応付言しておく。
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