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2009年3月 1日

明治の法令にも「障害」の用例あり…むしろ「障碍者」こそ新語

昨年のブログ記事『「障害」は本当に「障碍」「障礙」の当て字なのか?』では、青空文庫における戦前の用例などを元に、「障害」は戦後の当て字ではないと結論付け、戦前に遡っても「障害」が「障碍(礙)」の当て字かどうかは判然としないことを述べた。今回の記事はその続編として、明治の法令における「障害」の用例を示して結論の根拠を補強し、同時に、『戦前は「障害者」ではなく「障碍者」だった』という説にも疑義を唱えておきたい。

明治25年の勅令に「障害」が登場

明治以降の法令をどうやって調査すればよいのか、正直言って素人の私はかなり戸惑った。国立国会図書館「日本法令索引」で法令を検索できるものの、この検索サービスは法令の目録や沿革のみを対象としており、本文までは参照できない。ただ、国立国会図書館の別のページでは法令資料の道案内がなされており、これで一通りの状況は把握できた。

試行錯誤した結果、目録の検索は「日本法令索引」、本文の検索は民間の「中野文庫」(すべての法令は網羅していないが)を調査に利用した。電子化する際の転記ミス等もあり得ると思い、原本の画像を、国立国会図書館・近代デジタルライブラリーの「法令全書 慶応3年10月-明治45年7月」にて適宜確認した。

「日本法令索引」にて「障害」で検索すると、明治25年の勅令における「障害」の用例があっさり見つかった。原本の画像も確認した。


府県立師範学校公立中学校ノ学校長正教員舎監書記及市町村立小学校正教員ノ退隠料遺族扶助料ニ関スル権利ノ障害出訴方 (明治25年 4月 4日勅令第32号)
(画像は「法令全書[第41冊]明治25年」索引p97より引用、文字表記は日本法令索引の検索結果より新字のまま引用)

なお、昭和20年8月15日まで(戦前)の目録の検索結果としては、「障害」はこの勅令(とその改正)のみ、「障碍」「障礙」はいずれも0件であった。

明治の法令に身体障害を指す「障害」「障礙」が混用されて登場

さらに、目録だけではなく、本文まで対象として「中野文庫」で検索した。Google にて「site:www.geocities.jp/nakanolib/ 障害」とキーワード指定するなどしてサイト内検索すると、「障害」「障碍」「障礙」のいずれも、戦前の用例がいくつか見つかる。

なかでも、身体あるいは精神の障害を指す用例が、すでに明治の法令にも存在していることが分かった。


第三条 笞刑ノ執行中受刑者ノ心神又ハ身体ニ著シキ障害アリト認ムルトキハ之ヲ停止シ必要ナル場合ニ於テハ第一条ノ手続ヲ為スヘシ
(画像は「法令全書[第137冊]明治45年」府令p195より引用、文字表記は「朝鮮笞刑令施行規則(明治45年朝鮮総督府令第32号)」中野文庫収録より引用)

ただし、この施行規則のもととなった朝鮮総督府令では、「障礙」のほうを使用していて、不統一となっている。

第十条 検事又ハ即決官署ノ長ハ受刑者ノ心神又ハ身体ノ障礙ニ因リ笞刑ヲ執行スルニ適当ナラスト認ムルトキハ三月以内執行ヲ猶予スルコトヲ得猶予三月ヲ超エ猶笞刑ヲ執行スルニ適当ナラスト認ムルトキハ其ノ執行ヲ免ス
「朝鮮笞刑令(明治45年制令第13号)」中野文庫収録より引用)

中野文庫で検索した限りでは上記の二つが、身体または精神の障害を指す、法令における最初の「しょうがい」の用例である。これらは同じ明治45(1912)年の同じ趣旨の府令と施行規則であり、「障害」と「障礙(碍)」を混用している様子がはっきりと見て取れる。

ちなみに、Wikipedia日本語版「障害」では、丸山一郎さんという方の主張を引用しつつ、以下のように注釈している。

しかし丸山一郎によれば、すでに1932(昭和7)年施行の「救護法」において「精神又は身体的障碍のある者」といった表現が使われており、こうした意味の語として「障害」よりも先に「障碍」が使われていたことは間違いがないという。とはいえ、少なくとも医学分野では、たとえば「栄養障害」は「栄養障碍」とともに明治期より用例があり、両者は混用されていた。
Wikipedia日本語版「障害」(2009年2月28日閲覧)より引用)

医学分野ではどうなのかは把握していないが、少なくとも昭和の法律を根拠とする丸山一郎さんの言説は誤り(調査不足)と断言できる。

結局のところ、「青空文庫」の文学作品集だけでなく、明治以降の戦前の法令でも「障害」「障碍」「障礙」は混用されていたとみられる。そして、「戦後の当て字」説はやはり根拠の無い話だというほかない。

「障碍者」は戦前ではなく現代の新語

「青空文庫」や「中野文庫」の調査において、「障害」「障碍」だけでなく、「障害者」「障碍(障礙)者」も同時に検索していた。しかし、「青空文庫」においては、かろうじて「障害者」は1名の作家(海野十三)の新字収録作品が若干見つかるだけで、「障碍者」「障礙者」は見つからなかった。「中野文庫」においては、「障害者」「障碍(障礙)者」のいずれも用例を見つけられなかった。

つまり、文学作品においても、法令においても、「しょうがいしゃ」という戦前の用例はほとんど皆無である。『戦前は「障害者」ではなく「障碍者」だった』という俗説の根拠を、少なくとも私が調査した範囲の用例からは見つけられなかった。

では昔はどのような言葉を使用していたのか。法令における用語の変更は、もちろん法令の改正として確認可能である。少々検索してみたところ、ひとまず以下の4件の法令を見つけた。

かなり最近まで断続的に改正が積み重なっているようだ。「障害」「障害者」等のことを昔の法令では何と呼んでいたか、これらの法律から確認できる。改正前と改正後の主な例を、以下表にまとめておく。

改正前の例 改正後の例
「廃疾」 「障害」「疾病」
「不具」 「身体の障害」
「不具廃疾」 「重度障害」「心身障害」
「不具廃疾ニ因リ労働能力ナキ」 「一級又ハ二級ノ障害ノ状態ニ在ル」(船員保険法)
(現在は「其ノ当時政令ヲ以テ定ムル障害等級ニ該当スル程度ノ障害ノ状態ニ在ル」)
「不具奇形の」 「身体に障害又は形態上の異常がある」
「不具者」 「障害者」
「不具廃疾者」 「重度心身障害者」
「めくら」 「失明者」(地方税法)
「つんぼ、おし又は盲の者」 「目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者」
(現在は「心身の障害により業務を適正に行うことができない者」等に一般化)
「白痴者」 「精神薄弱者」(現在は「知的障害者」)
「精神薄弱者」 「知的障害者」

つまり、「不具者」とか「めくら」とか「つんぼ」とか「白痴者」とか、現代では差別用語とされている呼び方を昔は広く使用していたわけで、そうした表現を是正するために、「障害」「障害者」という用語を戦後導入したわけである。そして、法令の中でさえ、その普及、徹底には長い年月が費やされてきた。

繰り返すが、「障害者」にせよ「障碍(障礙)者」にせよ、戦前の法令には見当たらず、「障害」「障碍(障礙)」にしても、身体障害を指す用語としては一部の法令にしか登場しない。上の表にあるような、現代では差別用語とされている改正前の表現が法令でも主流だったというのが実際のところである。「しょうがいしゃ」は戦後の法令から定着した新語ととらえるべきであり、「障害者」こそが本来の漢字表記ではあるまいか。それは身体障害を指す「しょうがい」についてもおおむね当てはまるだろう。

近々パブリックコメントの募集が始まる新常用漢字表案に、「障害」「障害者」さらには「障がい」「障がい者」という表記を避けるために、「碍」を追加すべきという議論がちらほら聞かれる。ただし、「障碍」はまだしも、「障碍者」を広く導入しようとするならば、それは21世紀の新語である。その是非については、ここでは述べない。しかし、『戦前は「障害(者)」ではなく「障碍(者)」だった』という説を根拠とした主張は、できるだけ史実に忠実であろうとする立場からすれば、失当であると言わざるを得ない。

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