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2006年9月16日

出所を明示せずにウィキペディアの記事を引用することの是非

私が寄稿したウィキペディア (Wikipedia) 日本語版の記事「SOA (サービス指向アーキテクチャ)」の一部分を、NTTデータ イントラマートのプレスリリースにて引用されていた。(寄稿の経緯などについては先日の記事で紹介したコラムを参照されたい)

(10月27日追記) この件について、NTTデータ イントラマートの経営企画室の方から謝罪のメールを頂きました。文末の追記もご覧ください。

現在の最新版の第1段落は以下の通りである。

ソフトウェア工学において、サービス指向アーキテクチャ(サービスしこうアーキテクチャ、Service-Oriented Architecture、SOA, 「エスオーエイ」あるいは「ソーア」と発音)とは、大規模なコンピュータ・システムを構築する際の概念あるいは手法の一つであり、業務上の一処理に相当するソフトウェアの機能をサービスと見立て、そのサービスをネットワーク上で連携させてシステムの全体を構築していくことを指す言葉である。業務処理の変化をシステムの変更に素早く反映させたいという需要に応えうるものとして、2004年頃からIT業界において注目を集めている。
Wikipediaの執筆者たち, "サービス指向アーキテクチャ", Wikipedia 日本語版, 2006年9月5日 22:04 (UTC).

私が寄稿した2005年の時点では以下の通りであり、ほとんど最新版と同一である (最新版では英語表記と読み仮名を追加してくれている)。

ソフトウェア工学において、サービス指向アーキテクチャ(SOA, 「エスオーエイ」あるいは「ソーア」と発音)とは、大規模なコンピュータ・システムを構築する際の概念あるいは手法の一つであり、業務上の一処理に相当するソフトウェアの機能をサービスと見立て、そのサービスをネットワーク上で連携させてシステムの全体を構築していくことを指す言葉である。業務処理の変化をシステムの変更に素早く反映させたいという需要に応えうるものとして、2004年頃からIT業界において注目を集めている。
小川創生 (利用者名「Sousei」), "サービス指向アーキテクチャ", Wikipedia 日本語版, 2005年12月1日 00:55 (JST).

そして・・・

SOAとは、業務上の一処理に相当するソフトウェアの機能をサービスと見立て、そのサービスをネットワーク上で連携させてシステムの全体を構築していくことを指す言葉であり、業務処理の変化をシステムの変更に素早く反映させたいという需要に応えうるものとして、2004年頃から注目を集めています。
株式会社NTTデータ イントラマート, "NTTデータ イントラマート、Webシステム構築ソフトウェアの新製品「intra-mart ver.6.0」をリリース", 2006年8月8日.
(10月27日追記) 現在は修正されています。文末の追記もご覧ください。

これは偶然あるいは不可避な一致ではなく、引用に該当するはずである。文書を引用して利用すること自体は自由である。しかし、このNTTデータ イントラマートによる引用については、厳密に言うならば以下の点が不公正と認識している。

  • 出所をどこにも明示していない (著作権法48条1項3号)。また、引用の範囲をカッコでくくるなどして明示しておらず、いずれも引用の公正な慣行に合致しない (著作権法32条1項)。
  • 語尾等を無断で一部改変している (著作権法20条1項)。

前者は著作権、後者は著作者人格権 (同一性保持権) の侵害となりうる。著作権者に該当する者としては、原著作者 (小川創生)、二次的著作物の著作者 (ウィキペディア財団、あるいは私の記事を修正してくれた人たち) が考えられるところ、引用された部分はすべて私の執筆した文章であるため、この件においては著作権も著作者人格権も私 (小川創生) が持っていることになる。

「ウィキペディアは不特定多数の人々が作成した記事を無料で公開しているのだから、著作権など存在しないのでは?」という疑問を持つ人もいるかもしれないが、それは誤りである。ウィキペディアでは、寄稿者も利用者も GNU Free Documentation License (GFDL) と呼ばれるライセンスに従う必要がある。GFDLでは、文書の共有とその自由な発展を恒久的に保証するために、寄稿者の権利に制限を課している。ただし、著作権自体を放棄しているわけではなく、あくまで寄稿者が著作権を保持することになっている。

「ウィキペディアの寄稿者って匿名だから、たとえ理論上は著作権や著作者人格権が存在したとしても、実際には権利を行使できないのでは?」と思う人もいるかもしれない。しかし、アカウントを作成して利用者ページ等で実名を明かしている寄稿者、たとえば私 (利用者:Sousei) の場合はどうだろうか。誰が寄稿したかという立証はそれほど難しくないはずである。たとえ現時点で実名を明かしていなくても、あとから明かすということもあり得る。より確実な方法でいくなら、法的に実名を登録することもできるはずである (著作権法75条)。そして、たとえ匿名 (無名) またはアカウント名 (変名) のままでも、寄稿者に代わってウィキペディア財団 (発行者) が権利を行使することもできる (著作権法118条1項)。あまり甘く見ないほうがいいと思う。

法的な問題から少々距離を置いた私の思いとしても、「ウィキペディアより引用」と一言付記してくれればいいのに、といったところである。語尾を「ですます」調に変えるくらいのことは全然構わない。そもそも、無償で利用されることを承知の上で寄稿しているのだから、引用どころか全文を転載されたとしても、それが悪用でない限りはむしろ歓迎すべきことだとさえ思う。しかし、元のNTTデータ イントラマートのプレスリリースはオープンソース・ソフトウェアに関するものであるだけに、このような問題については少々神経質になってしまう。無償でコンテンツを提供している人々に対して、最低限の敬意を払うべきだし、また、私も一利用者として払わなければならないと思っている。

参考までに、当該のウィキペディアの記事を適切に引用している例を二つほど見つけたので、以下挙げておく。

なお、「こういうことはブログに書かずに、直接NTTデータ イントラマートに言えばどうか?」と思った人もいるかもしれない。しかし、プレスリリースというのは、リリースされた時点で修正不能あるいは修正を請求する意味がない状態となる性質の文書だと思う ((10月27日追記) 元の Web ページは修正されています。文末の追記もご覧ください)。現に「日経プレスリリース」にもそのまま同じ日に転載されている。また、権利の侵害とはいっても具体的な損害はない (むしろブログのネタという利益を得ているかも)。権利者として何かを請求するのでないならば一般的な批判と同じである。そして、元の件から派生する一般的な注意喚起のほうを主に記したかったため、このブログでの掲載とした。批判の範囲を逸脱した名誉棄損などには該当しないよう注意を払った。

ちなみに、今回の件は引用であるから GFDL に関わらず利用できるが、利用の程度が転載に及ぶ場合は、(「フリー百科事典」という言葉からは一般の人が連想できないような) GFDL の制限が利用者にも課せられるので注意されたい。オープンソース・ソフトウェアに明るい人なら、GPL (GNU General Public License) と同種の厳しいライセンスだと言えば、それで通じてしまうだろう。しかし、そうしたライセンス形態に初めて接するのがウィキペディアだという人のほうが大多数だろうし、そうした意識の差は今後さまざまな形で顕在化していくかもしれない。

(追記 10月27日)

この件について、昨日 (10月26日) NTTデータ イントラマートの経営企画室の方から、謝罪のメールを頂きました。メールでは、不適切な引用の事実関係を認めて謝罪した上で、悪意はなかったこと、プレスリリースにおいて引用の有無を確認するプロセスが欠けていたこと、同社内の技術者がこのブログ記事に気づいて社内連絡したのが今回の対応のきっかけであることなどを伝えて頂きました。また、元のプレスリリースを掲載している同社の Web ページについては修正を施したとの報告を頂きました。

本文中にも記した通り、特に何かを同社に請求するつもりはなかっただけに、率直に言って、今回の同社の対応には驚くとともに感謝しています。同社の益々のご発展を祈願いたします。

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